ジャパニーズバオ

昨年、JOCVとして世界中にちらばる同期の中では、一時期(今も?)から揚げがブームになりましたね。

マーシャル人は普段から、バオ(チキン)を揚げたり、焼いたりして食べるので、から揚げを作ったところで「Wow!」とはならないけれど、日本のニンニクの効いたあの味が懐かしかったので作りました。

ちなみに、こっちの味付けもすごく美味しいです。醤油と何使ってんだろうか。
わたしの学校のマガエのおばちゃんが作るのは超ソルティーなやつ。しょっぱすぎて喉を痛めるほど。
これはクリスマスパーティのときのバオの写真。
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日本でもから揚げなんて一度くらいしか作ったことないのに、はりきって大量に作り、いつもお世話になってる近所の人たちへお裾分け。
衣の具合とか、火の通り具合とか、そういったことは何もわからないままの出来上がりだったけれど、やっぱり味だけは馴染みの自分好みの味にできる食いしん坊の能力があるらしい。

こっちの人には何と説明していいかわからず、(見た目はこっちの鶏肉料理とほとんど変わらないため)
「ジャパニーズバオ、ボックジュワン」と言って渡しました。直訳すると、「日本の鶏、ひとつ取れ」。
それをどう捉えられたかはわからないけど、みんな美味しいおいしいと食べて、すぐなくなった。以前、肉じゃがを持ってったときもそうだったのに、忘れてた。

これ、作ったバオ。
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***

そんでそのまま夕飯をごちそうになって帰りました。
夕飯後に子どもがわさわさと軽く10人以上集まってきて、大人も数名いて、みんなでテレビを見ました。うとうとしたり、犬の鳴き声にびっくりしたりする私のことを、みんなは楽しそうに笑っていました。
かといって、いちいち干渉するわけでもなく、まるで実家にいるような、妙な感覚になりました。

意識的なものと無意識的なものを合わせると、普段からそりゃあもう大量に感じているであろう、焦りとか虚無感とか無気力感といったものを、その一瞬ふっと忘れることが出来ました。
グジグでのホームステイ以来のこの感覚。誰かといる安心感。
昨年の12月からは、誰かといるとこわいと思ったり、嫌だと思ったり、苦しいと思ってばっかりいました。こんなに狭い村で、こんなに人と接する仕事をしているのにも関わらず。

学校での活動において、正直ひとつもプラスには動けていない自分。(むしろ前任者達に申し訳ないほどマイナスに作用している気さえする)
でも、まあ、ゆっくりでいいか~という気分になりました。
ほんとはだめかもしれない。踏ん張らないといけないかもしれない。けど、いいか。

今日のこの瞬間だって、ほんとは焦りでおかしくなりそうだけど。
でも昨日のあの空間があれば、なんとかやっていける気がする。そういう場所を見つけられて、本当についているし、本当に感謝。

年始の自分から早々にも変化してきていますが、それもまたいいか。
何も意固地になる必要はないね。流れて変わっていく中で、自分にも相手にも「ちょうどいい」を探そう。
それが帰国するまでに判明するかわからないけれど、いいか。


・・・いいのか?まあ、いっか。
by cpts-romi | 2014-01-09 16:17 | つぶやき
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