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カルチャーショック

すみません、愚痴っぽくなります。

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カルチャーショックがなかなか収まりません。

暮らしていく上でのショックは和らぎ、こちらの生活スタイルにすごく慣れてきた気がします。
こっちの人たちにもまあいろんな人がいますが、
基本的にとても親切で、自分の持っているものは分けてくれようとするし、わたしがわからないことは何でも教えてくれます。尋ねるとどうにかしようとしてくれる。

そんな人たちと話したり笑ったりゆったり過ごしているのは、今とっても好きな時間です。


しかしながら、働き始めて3週間が過ぎ、学校のスタイルも掴めてきましたが、
「働く」ということに関してのカルチャーショックがなかなか収まりがつきません。

学校に行くと、たまに、わたしだけが動いているような錯覚を覚えます。
誰かと話していても、いっしょにいても、なぜかいつもひとりだけ余所者のような、ひとりでいるような感覚。

働くことに対しての価値観はもちろんのこと、
時間、約束、食事、そして子どもに対する価値観も、まったく異なるところで、
毎日全然仕事にならない日々です。
わかってはいたことだけど、実際に目の当たりにすると飲み込むのがすごくむずかしい。

特に学校という機関は、目の前に子どもという対象がいるから余計に苦しみが増す。
この子たちには学ぶ権利があるし、そのための場所も時間も、そして子どもたちの意欲もこんなにあるのに、それを繋ぐ部分がうまく機能していない。すごく悔しい。

知りたいことも知らないまま、大人になって、
やりたいこともやらないまま、年老いていくこの子たちを想像すると、本当にかなしくなります。

今のわたしのように他国から支援が入る場合、
対象となる国の価値観を理解して、それに順応しながら活動していくことが何よりも大切だと思う一方。

学校という場所はある意味すこし例外で、
国の価値観を優先するとかどうこうの前に、何よりも子どもを中心に考えるべきという大前提があるのだと思います。

いやいやはたらいている姿は子どもにわかります。
やくそくをやぶる姿をみて子どもはまねをします。
ざつな字を子どもはしんじます。
あいしているかどうか、子どもにはつたわります。

それでも子どもは先生をしんじるし、すきでいるというのが、またむずかしいところ。

毎日へこたれて、夜寝る前や朝起きる時には職場に行きたくないと思いますが、
子どもたちがいるからがんばれています。
楽しそうに学ぶ彼らの時間を守りたくてがんばれています。

子どもがいるから苦しいし、子どもがいるからがんばろうと思う。
こんなに誰かに影響されているのはうまれて初めてかもしれません。
あの子たちの学んでいる楽しそうな顔に会える授業中がいちばん疲れを知りません。

学校は学ぶ場所であるべき。子どもにとっての場所であるべき。
今はせめてわたしの時間だけでも。
わたしが帰るまでに、この子たちに何ができるのかな。
by cpts-romi | 2013-11-25 18:45 | つぶやき
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